過敏性腸症候群
過敏性腸症候群とは？
過敏性腸症候群（Irritable Bowel Syndrome：IBS）は、腹痛や腹部の不快感に加えて、便通異常（下痢や便秘）を繰り返す慢性の腸の機能障害です。特徴は、内視鏡や血液検査などの一般的な検査では異常が見つからないことです。
つまり、腸に構造的な病変（がん、潰瘍など）がないにも関わらず症状が続くという、いわゆる「機能性疾患」です。
日本人の約10〜15％が該当するとされており、20代〜40代の働き盛りに多い病気です。検査で異常がないからといって「気のせい」とされがちですが、IBSはれっきとした医学的疾患であり、生活の質（QOL）を大きく下げることもあります。
IBSは「機能性消化管障害」の代表例
IBSは、「機能性消化管障害（Functional Gastrointestinal Disorders）」の一種です。これは腸の動きや感覚に問題がありながら、画像診断では異常が見つからない疾患群を指します。
機能性疾患と器質的疾患の違い
| 項目 | 機能性疾患（例：IBS） | 器質的疾患（例：大腸がん、炎症性腸疾患） |
|---|---|---|
| 主な原因 | 腸の運動異常、知覚過敏、ストレス | 炎症、潰瘍、腫瘍などの構造的異常 |
| 検査での異常 | 異常なしが基本 | 異常が認められる |
| 症状の重症度 | 強い場合もある | 病変の進行と相関 |
| 治療の基本方針 | 薬物＋生活改善＋心理療法 | 原因に応じた内科・外科治療 |
ストレスと腸がつながる「腸脳相関」
IBSの背景には、ストレスや不安が強く影響しています。これは「腸脳相関（Gut-Brain Axis）」という概念で説明され、脳がストレスを受けると腸に影響を与え、逆に腸の不調が精神状態に影響を及ぼすことが分かっています。
テレワークや社会的孤立など、現代特有のストレス環境もIBSの一因とされており、「心と腸の現代病」とも呼ばれています。
過敏性腸症候群の症状
IBSに見られる症状は以下の3つを中心に構成されます。
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腹痛・腹部不快感
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便通異常（下痢、便秘、またはその交互）
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排便によって症状が改善される
これらの症状が3か月以上続き、生活に支障を与えるのがIBSの特徴です。
IBSは4つのタイプに分けられる
IBSの4タイプと特徴
| タイプ | 主な症状 | 傾向 |
|---|---|---|
| 下痢型（IBS-D） | 急な便意、軟便〜水様便 | 男性にやや多い |
| 便秘型（IBS-C） | 排便困難、硬便 | 女性に多い |
| 混合型（IBS-M） | 下痢と便秘を繰り返す | 両方の症状がある |
| 分類不能型（IBS-U） | 明確な型に分類できない | 症状が不規則で予測困難 |
自分でできるIBSチェックリスト
次の項目に3つ以上当てはまる場合は、IBSの可能性があります。
✅ お腹の不快感が週に1回以上ある
✅ 排便で症状が改善する
✅ 急にトイレに行きたくなる
✅ 下痢や便秘が続いている
✅ ストレスで症状が悪化する
✅ 明確な病気は見つかっていない
検査
ローマIV基準が診断の指標
IBSの診断には「ローマIV基準」が国際的に使用されています。
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腹痛が週1回以上、3か月続いている
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症状が排便と関連している
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便の回数や形状が変化している
これらの基準を満たし、器質的疾患（がんや炎症性腸疾患）を除外できれば、IBSと診断されます。
内視鏡検査が必要な場合
50歳未満の方で、症状が典型的であれば、初期段階では内視鏡検査を省略する場合もあります。ただし、次の**「赤信号症状」**がある場合は精密検査が必要です。
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血便や黒色便
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原因不明の体重減少
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発熱、貧血
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家族に大腸がんの既往がある
治療
IBSの治療は以下の3本柱で構成されます。
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食事療法（低FODMAP食）
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薬物療法
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心理療法
食事療法：低FODMAP食の効果
FODMAPとは、発酵性の糖質（小腸で吸収されにくい）を指します。これを一時的に制限することで、腸のガス産生や膨満感を抑えられることが分かっています。
表は高FODMAP食品であり、これらの食事は可能な限り制限する必要があります。
| 高FODMAP食品 | 内容例 |
|---|---|
| 果物 | りんご、梨、スイカ、マンゴー |
| 野菜 | 玉ねぎ、にんにく、キャベツ、アスパラガス |
| 豆類 | 大豆、レンズ豆、ひよこ豆 |
| 乳製品 | 牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム |
※専門の栄養士の指導のもとで行うことが推奨されます。
薬物療法と漢方
IBSのタイプごとに薬剤は異なります。
下痢型IBSに使用される薬剤一覧
| 一般名（成分名） | 商品名例 | 作用機序 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ラモセトロン | イリボー | 5-HT3受容体拮抗薬 | 男性の下痢型IBSに適応。即効性があり、腹痛も改善。 |
| ポリカルボフィルカルシウム | コロネル | 腸管内の水分を吸収・保持 | 下痢と便秘の両方に使用可能。整腸作用がある。 |
| トリメブチン | セレキノン | 消化管運動調整薬 | 腸のけいれんを抑え、腹痛やガス溜まりを緩和する。 |
| ロペラミド | ロペミン | 腸管運動抑制・水分吸収促進 | 即効性あり。症状コントロールに有効だが長期使用は注意。 |
| 漢方薬（例） | 半夏瀉心湯など | 漢方的アプローチ（脾胃虚弱など） | 体質改善を図り、慢性症状への長期的対応に有効。 |
便秘型IBSに使用される薬剤一覧
| 一般名（成分名） | 商品名例 | 作用機序 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ルビプロストン | アミティーザ | 小腸の塩分分泌促進による排便促進 | 慢性便秘症にも適応。女性のIBS-Cに有効。 |
| リナクロチド | リンゼス | グアニル酸シクラーゼC受容体作動薬 | 腸液分泌促進・知覚過敏改善。腹痛にも有効。 |
| ポリカルボフィルカルシウム | コロネル | 腸管内容物の水分調整 | 緩やかな整腸作用。副作用が少なく長期使用可能。 |
| モサプリド | ガスモチン | 5-HT4作動薬（消化管運動促進） | 胃腸の運動亢進により便秘を改善。 |
| 漢方薬（例） | 大建中湯、桂枝加芍薬湯など | 自律神経や冷えに働きかける | 冷え性・体力低下がある方に用いられることが多い。 |
混合型IBSに使用される薬剤一覧
| 一般名（成分名） | 商品名例 | 作用機序 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ポリカルボフィルカルシウム | コロネル | 腸管内容物の水分調整 | 下痢・便秘両方に対応可能な整腸剤。 |
| トリメブチン | セレキノン | 消化管運動調整薬 | 症状の波に合わせて腸の動きを調整。 |
| 漢方薬（例） | 桂枝加芍薬湯、柴胡加竜骨牡蛎湯など | 自律神経や体質改善を図る | 精神的要因も考慮した全体的アプローチに有効。 |
| 抗不安薬・抗うつ薬 | デパス、リーゼ、パキシルなど | 中枢神経に作用し過敏性を軽減 | 精神的ストレスが強いIBS-Mの補助治療に。 |
心理療法の重要性
IBSは**脳と腸の相互作用（腸脳相関）**が影響しているため、認知行動療法（CBT）やマインドフルネス、自律訓練法などが効果的です。症状が長引く方や薬だけでは改善しない場合には、心理的なアプローチも積極的に検討されます。
まとめ：過敏性腸症候群と上手につき合うために
IBSは、**検査で異常が見つからないのに症状がつらい「目に見えない疾患」**です。しかし、適切な診断と治療でコントロール可能な病気です。
早めの受診が改善への第一歩
以下のような場合には早めに医師の診察を受けましょう。
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3か月以上、腹痛や便通異常が続いている
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トイレが心配で外出や仕事に支障を感じる
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ストレスでお腹の症状が悪化する
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食事制限や市販薬で改善しない
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血便、発熱、体重減少などがある
治療で「人生が変わる」こともある
治療によって、長年悩んでいた腹痛や下痢が改善し、日常生活に自信を取り戻す人も多くいます。我慢せず、医師に相談し、腸と心のバランスを整える治療を受けましょう。
【参考文献・引用論文】
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Drossman DA, Hasler WL. Rome IV—functional GI disorders: disorders of gut-brain interaction. Gastroenterology. 2016;150(6):1257–1261.
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日本消化器病学会. 機能性消化管疾患診療ガイドライン2020（過敏性腸症候群）. 南江堂, 2020年.
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Halmos EP, Power VA, Shepherd SJ, Gibson PR, Muir JG. A diet low in FODMAPs reduces symptoms of irritable bowel syndrome. Gastroenterology. 2014;146(1):67–75.
